恋嶺





 

 透明な窓にぼんやりとした水玉模様が出来ては流れ出来ては流れを繰り返す。

 1月の雨なんて珍しくも何もない。

「そういえば、高橋さんって雨の日って必ず休んでるよね」

 その言葉にドキッとした。

 彼女が休むサイクルに気付いているのは私だけだと思っていたからだ。

 

 毎日、入学してからひっそりと彼女に憧れを抱いていた。

 入学式の門をくぐった時から彼女は私の憧れだった。

 すらっとモデルのように伸びた手足、腰まであるかと思うような真っ黒なストレートの髪。

 背筋を伸ばし、堂々とした立ち振る舞い。

 その姿を目にしただけで、惚れるといったら語弊があるかもしれない。

 憧れを持ってしまった。

 きっと、高橋さんは私をただのクラスメイトとしか思っていないだろう。

 入学してから交わした言葉は二言三言、クラスの用や先生からの言付けくらいだった。

 彼女と話す、そう思うだけで緊張する事があった。

 クラスには男子も居る。

 でも、男子とは普通に話せるのにどうして彼女とは?

 憧れだから?

 自分の中にあるこの感情に名前がつかないまま冬が来てしまった。

 

「瑞穂ー雪降ってるわよ」

 その言葉で一瞬にして目が覚めた。

 何時もなら重たい瞼も"雪"の言葉に反応した。

 今年初めての、滅多に降らない地域なので尚更嬉しい。

 もう高校生にもなって雪というだけで喜んでしまう我ながら子供だなと思う。

 それに比べて高橋さんは雪が降っても何も思わないのだろうか。

 そして雪だとまた休んでしまうのだろうか。

 そんな事を思いながら、普段よりも早く学校へ向かった。

 いつも遅刻するかしないかの時間に起きて急いで自転車を走らせる通学路も今日はすっかり雪色 に染まっている。

 普段見ている景色なのに、雪が降るだけで違った世界に居るように感じる。

 そんな特別感を味わいたくて学校へ急いだ。

 

 ガラッ

 普段の教室のドアの音は何時もより大きく感じた。

 まだ人気の少ない校舎にその音が少しだけ耳に届く。

 あ……

 思わず声が漏れそうになったのを慌てて抑えた。

 見覚えのある後姿がそこにあった。

 黒い艶やかしい髪、しゃきっと伸びた背筋。

 教室でずっと後ろの席から眺めていた光景。

 もうとっくに目に焼き付いているその姿が。

「高橋さん、おはよう」

 初めて声に出しての挨拶。

 今まではその姿を見てもその一言がどうしても口から出ず、心の中では何十回も練習していたこの言葉。

 雪が降ったという事でテンションも上がっていた事もあり言えた一言。

「おはよう、福家さん」

 彼女がゆっくりとこちらを向きそう言った。

 初めて、彼女から話しかけてくれた。

 そして私の名前を知っている、その事が嬉しかった。

 頬と耳が一瞬で熱を得る。

 先ほどまで雪で冷え切った教室がもう温かく感じる。

 この感覚、この湧き上がる熱い感情の名前を知っている。

 意識はしていたが、ただ気付かないふりをしてきたこの名を。

 ドアから自分の席までがこれほど長く感じたことは今までない。

 入学式ですら平気だったのに今回ばかりは全く別の緊張感に襲われる。

 窓から見える雪の落ちる速度もとてもスローモーションでまるで映画のワンシーンのような感じだ。

 映画ならばここで告白、となるのだろうが今の私にそんな勇気は無い。

 2人きり、雪、早朝の教室、そんな青春の要素が盛り沢山でも。

 まだまだ雪は降り積もる。

 入学式から彼女を見る度に、声を聞く度に、すれ違う度に、存在を意識する度に。

 その度に少しずつ雪のようにゆっくりと積もっていった恋心。

 この雪がいつかは溶けてしまうように、卒業までに私の恋心も溶かす決意をした。

 









『恋嶺』2009.2.4


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