「あ、今日って雛祭りだ」 携帯の日付を見ながら千枝が呟く。 ランチタイムのカフェはとても賑わっていた。 美味しそうな香りが店を包み込んでいる。 「もう26にもなったら、雛祭りなんて昔の事だね」 苦笑いを浮かべながら自分の年を改めて実感した。 料理が運ばれてくるまでの他愛無いお喋り。 千枝と一緒に出掛け、過ごす時間が最高に幸せ。 テーブルを挟んで真ん前に千枝が居る事が何よりの幸せ。 「ねぇ香奈、早くお雛様を片付けなかったらお嫁に行けないって本当なのかな?」 テーブルに肘をつき顔の前で手を組んだ千枝が小首を傾げる。 こちらを向いた千枝の目に、今は私しか映っていない―― 「オムハヤシ、サラダ、オニオングラタンスープのお客様」 手に沢山の皿を持った店員が千枝と私の席で質問をする。 「はい、全部こっちです」 千枝が手の平を店員に向ける。 私の妄念はタイミングよくやって来た店員によって振り払われた。 千枝の前に、湯気の立っているお皿が並べられる。 「千枝、先に食べてて構わないからね」 「そう? じゃあ先に頂きます」 か細い身体の割には良く食べる。 だが、入社した時から全く変わりは無く、太る気振りも見せない。 そんな千枝が少し羨ましく感じた。 「明太子パスタのお客様」 「あ、はい」 少し遅れて、私の注文した料理が運ばれてきた。 店員が私の前にお皿を並べ、机の端に伝票を静かに置く。 「以上で宜しかったでしょうか? お飲み物は食後にお持ちします。ごゆっくりどうぞ」 再び二人だけの心地よい時間がゆっくりと流れる。 「ロイヤルミルクティーのお客様」 「あ、はい」 「こちらはコーヒーになります」 千枝の前にミルクティー、私の前にコーヒーが並ぶ。 「こちらはデザートの桃のゼリーです」 ゼリーのお皿を眺めながら、お互いの目を見張る。 「あのう、私たちデザートを頼んだ覚えは無いんですが・・・」 テーブルに置かれたゼリーに目をやりながら千枝が店員に尋ねる。 「本日は雛祭りですので、女性のお客様にはデザートのサービスをさせて頂いております」 周りの席を見渡すと、確かに女性の前に同じお皿が並んでいる。 千枝は果肉が食べれない。 「あのう・・・」 「香奈、いいから」 私が何を言いたいのか察したか、千枝が私の発言を制した。 「千枝、果物食べれないんじゃないの?」 店員が視界から消えると私は千枝に質問をした。 ゼリーの入った白い器を眺めながらまた千枝が小首を傾げた。 「あれ、果肉食べれないって嘘だったの」 子供のような妄言だけど、千枝なら許してしまう。 私はあの夜の事を思い出すと欣快の海に溺れるようだった。 「私、一生お嫁に行けないようにお雛様年中飾っていようかな」 店を出た時に千枝が発した思わせ振り言葉の真意を私が聞く日は近いのかもしれない。 |