朝の駅のホームは思っていた通り、静かだった。 いつもは賑わっている時間帯に乗っているせいか、人が居ないホームは少し寂しく感じた。 冷たい風が頬の熱を一瞬奪っていく。 それと同時に、遠くから電車が近付いてくる音が聞こえてきた。 カタンカタン・・・。 いつもの心地よい静かな音が耳に届く。 電車の中は静かで、窓から入る朝日が少し眩しかった。 見渡すと、少し離れた車両にちらほらと人影が見える。 いつも満員で立ちっ放しだが朝が早い今日は座席も座り放題だった。 ドアの横の席に座り、手すりに寄り掛かる。 車内にはカタンカタンと動く音と遠くから鳴る踏み切りのやけに耳に残る甲高い音が近付いたり遠退いたりを繰り返す。 電車で20分の距離、朝の暖かさもあってか自然とまぶたが重くなる。 はぁ・・・はぁ・・・ 深く重い息の音が近い。 その息は低く、少し嗄れた男性の声だった。 何か、とてつもなく嫌な予感がした。 背筋の筋肉が強張る。 声の音で奴の位置が分かる。 近い・・・いや、真正面に顔が・・・ それ以上は考えたくない。 その音と電車の音が重なって聞こえる。 周りに人の声がしない。 朝の電車だけどもさっき見回したときは人影が見えた。 きっと誰か乗っているはず。 不安と恐怖で手にじわりと汗が滲む。 心の中で誰か気付いて、助けてと叫ぶ。 目を開けたら恐怖しかない。 起きていることを知られる事も怖い。 そう思うと身体が更に強張る。 でもこのままでは・・・そんな思いを頭の中で繰り返しながらただひたすら時間が過ぎる。 その間にも踏み切りの甲高い音が何度か耳に入った。 カンカンカンカン・・・ また踏み切り――早く、早く駅に着いて欲しい。 そう思った瞬間、男の人の声が遠退いた。 目を瞑ったままの私には何が起こっているのか、全く分からなかった。 取りあえず恐怖は去った・・・ただそれだけしか分からない。 目もまだ開けられない。 「もう大丈夫だよ」 耳元で小さな囁きと同時に甘い匂いがふわりと顔にかかる。 女の人だ。 そう思うと閉じていた目を開くと同時に目頭が熱くなる。 「・・・っ。ありがとう・・・ご・・・っ」 涙と安心感で胸が使えて言葉が出ない。 御礼が言いたい。 彼女の顔が涙で見えない。 「あーもう。大丈夫? 朝から辛かったね」 そう言うとぽんと頭に手を置かれた。 その温かさが幸せ以外の何者でも無かった。 すると私の席の横に彼女が座ったのが分かった。 隣からの甘い匂いと温かさが最高の安心感を生む。 その安心感が、いつしか再び眠気を誘った。 「もう着いたよ? 柿内学園なら三条だよね?」 ゆさゆさと体が前後に揺れる。 はっと目を覚ますと、もう駅に着いていた。 頬にはまだじんわりと涙の跡が残っていた。 どうやら泣きながら寝ていたようだった。 「ごめんなさい! ありがとうございます! 今度お礼させて下さい!」 出口に向かいながら、彼女の方へ向かって叫ぶ。 そろそろ人が多くなってくる時間か、電車に乗る人と混じり彼女の頭しか見えなかった。 少し茶色がかった髪がちらと見えた。 それと同時に電車の発車音が寝起きの耳をつんざく。 「じゃぁ明日、同じ時間に電車で!」 発車音に掻き消されながら彼女の声が微かに聞こえた。 人の中から白い手がこちらに向かってひらりと揺れる。 その白い手を見ながら、駅のホームでゆっくりと動き出す電車を見送る。 電車がだんだんと遠退いてゆく。 その姿を目で追いながら、頭の中は彼女との約束でいっぱいだった。 明日、同じ時間に電車で。 その言葉が頭の中を壊れたテープのように永遠と流れていた。 また彼女に会えるのかと思うと何故か胸が躍るようだった。 |