朝の駅のホームには昨日と同じ、寂しい風景が広がっていた。 一人、電車を来る時間を待つ。 こんなにも電車が来るのが待ち通しと思ったのは高校の入学式以来だった。 いつも耳に残り嫌だった甲高い踏み切りの音。 今日はその音を待ちわびている。 手に持つ鞄の中には彼女へのプレゼントを入れて。 涙ではっきりと見えなかった顔。 電車を降りる時にちらと見えた少し茶色がかった髪。 制服も見えなかった。 どこの誰かも分からない。 だけど声は、私を助けてくれた声だけは鮮明に思い出せる。 あの甘い匂いが今も身体を纏っている、そんな気がしてならなかった。 カンカン・・・遠くからゆっくりとこちら向かって近付く踏切の音。 その音に反応するように、胸の高鳴りを自ら感じる。 胸の中に、彼女の声を大切に仕舞い込む。 電車のドアが開けば、再びその声を聞く事が出来る。 「おはよう」 昨日と同じ声が私の背中から聞こえる。 はっと振り返ると、同い年くらいの女の子が立っていた。 目線が合う・・・身長は然程変わらないよう。 昨日、電車から降りて私の身体を纏っていた甘い匂い。 その香りが再び私の中へと入り込む。 その瞬間確信した。 彼女だ、彼女が私を助けてくれた人だ。 「昨日は本当にどうも有り難うございました!」 その言葉を発したとほぼ同時に、電車がホームへとやってきた。 「白線の内側へお下がりくださいー」 毎日聞きなれたはずのその声と台詞さえ今日は少し違っていた。 彼女が居るせいか、私の心が彼女にあるせいなのか。 電車のドアが開くと左手に温かな物が触れる。 ぐいと腕が引かれ、電車へと進む。 「この駅だといつも座れていいよね」 そう言いながら、彼女はドアのすぐ隣の座席へと腰を下ろした。 繋がれたままの左手に少し何とも言えないようなむず痒さを感じながら、手摺と彼女との間に空けられた席へと着く。 この駅を利用する人はそれ程多くはない。 人が全て乗り込んだと思われると少し早めに出発する事も多々あった。 この日も発車時刻を予定より早く電車は走り出した。 駅のホームを過ぎ先に言葉を口にしたのは彼女だった。 「ねぇ、昨日あれから帰りとか大丈夫だった?」 その言葉から彼女の優しさを再度感じた。 「うん、帰りは大丈夫。本当にありがとう。怖くて、もうどうしようもなくって・・・」 昨日の出来事を思い返しながら、再び恐怖が蘇る。 「ああごめんね。嫌な事思い出させちゃって。私、あれからずっとあなたの事が気になってたから」 そう言いながら、彼女は繋がった私の手を優しく握った。 ぬるま湯に入っているような、体の芯からゆっくりと温まるのを感じた。 カタンカタン・・・ 電車はいつもの光景を窓に映しながら走って行く。 「そう言えば、名前聞いてなかったよね? 私、高橋舞。よろしくね」 舞、奇麗な名前。 「私は石井綾香。こちらこそどうぞよろしく」 そう言って、今度は私から彼女の空いているもう片方の手を取り握りしめた。 |